第1回川ごみサミットに参加して

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     2015年1月23,24日,東京(荒川)で第1回川ごみサミットが開催されました。
    15分で川ごみの現状を話してほしいと言われ,何とか収めたつもりですが,さてさて川での活動を長年実践されているみなさんにはどのように届いたでしょうか。多くの実践者の意見を聞きながら,川ごみについていろいろ考えたので,ここにまとめてみます。

     最初に,「川ごみと海ごみの違いって何だろうか」と考えました。

     私が瀬戸内海で川ごみの調査をした際,強く感じたのは,「川のごみはまだ中身が残っており,生活感が生々しいため,いつもの海ごみのように素手で触るのを遠慮したい」ということです。もちろん調査結果からは,フィルム系のごみが海岸に比べ多いことがわかりました。川,海面,海底,海岸と比べると,このフィルム系のごみ(レジ袋など)は川を流下し,海面を漂流して最終的には海岸ではなく,海底に堆積するようです。
     もちろん,川と海ではこのようなごみの実態の違いはありますが,今回のサミットでは,もっと違うことがあることを感じました。それは,「海ごみは海の流れで世界と繋がっているが,川ごみは地域住民と生活で繋がっている」ということ。すなわち川ごみは,発生源が被害地に近く,対策対象が地域にあるということです。そのため,川ごみのネットワークでは,いかに地域に深く入り込むかが鍵となっています。
     私これまで携わってきた海ごみは,発生源が広域でそれの集積という問題であったため,自然とネットワークは国際的に広がってきました。これまでJEANでは,ICCという世界共通のツールを使って,国内だけでなく,2003年には東アジアへネットワークを広げ,2011年の震災以降,津波漂流物を通じて,北太平洋の仲間とも繋がることができました。また昨年,第12回を迎えた海ごみサミットでは,これまで何度も河川での取り組みに関するセッションを設けてきましたが,今回,荒川クリーンエイドフォーラムの音頭により,第1回の川ごみサミットが開催されるに至りました。地域の中で完結する川ごみも,ようやく実践者同士が繋がり,手を取り合って対策にあたろうという動きが生まれてきたことは非常に嬉しいことです。

     川ごみは海ごみに比べ,対策の対象スケールが小さく,地域で様々な工夫を実施することにより,地域での問題は目に見えて解決できます。そのため,自分たちの川だけに関心があり,他地域と繋がることをせず,地域だけで完結する傾向があるようです。しかし逆に言えば,さまざまな工夫が地域にたくさん埋もれていることになります。地域の先進的な取り組みを他の地域に広げるためにも,川ごみにもネットワークが必要であり,今後,川ごみサミットが民・官・産・学による知恵を出し合う場として発展することを期待します。
     また繋がることは,伝え広げること,作り出すことというように,空間的,技術的に前進するためのエネルギーとしてだけではなく,今あるものを継続するためのエネルギーとしても重要です。「人間の行動のエネルギーは,人とのつながりによって生まれる」というのが,私のこれまでの活動を通じた感想です。また人は時とともに老いて行き,また生活のステージを変えて行きます。「始める」エネルギーはとっても大きなものですが,「続ける」エネルギーは小さくても「供給が難しい」という難点があります。そのためにもいろいろなアイデアが必要です。
     最後に,今回のサミット行われたワークショップでの内容のまとめのコメントを記しておきます。ワークショップでは「広げる」「減らす」「伝える」というお題で皆さんからご意見を出していただきました。自然界に散乱するごみ問題は,正規の廃棄物処理のルートから漏れたものであり,残念ながら「必ず漏れは発生する」という前提で,自然界に漏れ出したものを如何に適切に処理するかというルートも作り上げる必要があります。現在このルートは,海岸漂着物処理推進法により明記されるようになりましたが,未だ地域住民のボランティアに頼っているところが大ですし,所管が市町村,県,各省庁と広域にまたがり,正規の廃棄物処理のルートの用に単純ではありません。政府はできると言っていますが,できていないのが現状です。まだまだ続くこの自然界に流出するごみ問題,「今」ではなく「今後」,「繋がる」と共に「続ける」,「減らす」から「低レベルを維持する」,そして「伝える(知る,理解する)」から「行動する」という視点を持って対策に取り組みましょう。
     なお海ごみサミットは,長首が集まる場という意味で「サミット」という名称になりました。川ごみの場合,「サミット」という名称がふさわしいかは,今後の議論にお任せします。

    論文:漂着ディスポーザブルライターの流出地と漂着地の関係から求めた日本沿岸における漂流物の流れ

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      ライタープロジェクトも大詰めを迎えました。
      これまで東アジア周辺で回収されたライターをまとめましたのご覧下さい。
      http://seafrogs.info/marinelitter/jds12_2014_29_42.pdf

      図5 中国(広東省・香港),台湾,九州北部(長崎県,佐賀県,福岡県),韓国西部,韓国南部,韓国東部から流出したライターの漂着密度を考慮した流れ(数値は漂着密度(本/100m))

       

      論文:九州南部西岸に2013年7月下旬から12月まで継続発生した 海洋ごみの大量漂着

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        2013年7月に発生した中国起源漂流物の大量漂着事件。
        これまでの吹上浜での定期モニタリングの結果からその特徴についてまとめました。

        いつか起きるもしれないことを前提に調査を計画し,継続すること。
        本当に難しいです。これまでデータを失ったのが一回。
        学生が未分類のサンプルを捨ててしまいました。
        私が電話で「ちゃんと処理しとけよ」って言ったものですから,ごみ処分場に処理(処分)されました。
        それとデータが取れなかったのが,2012年のハワイ航海の際。
        ということはこれまで15年間,1ヶ月以上不在にしたことが無かったということですね。
        最近海岸にはワクワクするものがなかなかありません。
        私も少しずつ大人になってきたのかもしれませんね。
        http://seafrogs.info/marinelitter/jds12_2014_9_14.pdf

        桜島の奇岩たち

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          30代の頃,私はシーカヤックのガイドとして鹿児島の海の素晴らしさを多くの人に伝えるんだと,シーカヤック大会やツアーの企画をしてきました。皆さんのすばらしいという驚きの顔と楽しかったという笑顔が見たいという思いで。
          その後,海ごみ問題と関わり,こちらでも多くの人のなるほどという驚きと楽しかったという笑顔を求めて活動してきました。さて今回は昔の思いにちょっと戻ってみます。

          先週大学院生の調査で,久しぶりに桜島周辺を海から一周する機会を得ました。残念ながら今度はモーターボートです。調査の内容は別の機会にお話ししますが,今回は当時シーカヤックで見つけた桜島周辺の奇岩たちの現状を紹介します。


          まずは「地球儀岩」。
          溶岩の上に丸い溶岩が乗ってます。
          押せばころりとおちてしまいそうな石ですが,まだ健在。周りの松の木が大きくなって昔の「背景に白煙を吐く桜島」という幻想的な雰囲気はなくなってしまいました。これも時の流れですね。


          「カエル岩」丸い目が特徴です。
          ツワブキの黄色い花には,かごしまでのキーパーソンとの出会いの思い出があります。


          「プーさん岩」。
          プーさんがコップのミルクを飲んでいるところ。わかるかなあ。


          これはステゴザウルス岩。
          残念ながら特徴の背中に立つ骨質の板状の溶岩が特徴でしたが,崩れてしまっています。現在はトリケラトプスに似ていますね。このように崩れてしまっているのもあります。「桜島に吠える犬岩」は,台風であごから上が折れてしまってもう見ることができません。干潮の時に現われるこの岩は,桜島フェリーからもよく見えました。


          最後に「赤ずきんちゃんとオオカミ岩」。
          この岩,いつも左側から進入して発見されるため,最初は大きなずきんをかぶった頭に見えますが,回り込むとオオカミの顔をしたおばあさんが現われます。ずきんをかぶったオオカミ岩っていうのが正しいかもしれません。

          よりみちクルーズなど,ジオパークとして注目を集める桜島。でもカヤックなら海岸ぎりぎりを回ることができ,溶岩が光の具合でいろんなものに見えてきます。どのように見えるかは,みなさんの心の目次第。まだまだ他にもあります。ぜひみなさんも心の目で自分だけの秘密の場所を見つけて下さい。なお場所は秘密です。

          残念ながら現在桜島周辺では昔使えた漁港の斜路が使えなくなっています。

          帰ってくる漂流物

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            1813年,尾張藩の船頭「重吉」らが乗った督乗丸が遠州灘沖で暴風雨に会い遭難。484日の漂流後,カリフォルニア州サンタバーバラ沖でイギリス商船に発見され,ロシア経由で日本に帰ってきた。


            (米国ワシントン州オリムピック海岸 2013年9月震災漂流物調査)
            同じく尾張国知多郡小野浦の水主「音吉」も,1832年遠州灘沖で暴風に会い,14ヶ月の漂流後,北米オリンピック半島フラッタリー岬(米国ワシントン州)に漂着した。アメリカンインディアンに発見された音吉らは,その後イギリス人の手によって帰国へと向かう。音吉らは最終的には生きて日本に戻ることはできなかったが,漂流から173年を経て,その骨は故郷に帰った。


            (伊豆諸島鳥島 2012年8月ハワイ航海)
            また土佐の中浜万次郎も,1841年土佐沖に出漁した際,嵐に遭い,伊豆諸島の鳥島に漂着した。その後,アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と共に救助され,アメリカ本土に渡った。万次郎も1850年に日本に帰ってきた。

            日本から流出したものは,海の流れに乗って北米西海岸や太平洋の島嶼に漂着します。
            一方で,北米西海岸や太平洋島嶼域から日本に戻って来る流れもあります。その流れの一つが北赤道海流です。しかしもう一つこの広い海には流れがあります。それはネットワークで生まれる流れです。上記3例はこの人の繋がりによって帰ってきた漂流民の話ですが,今回,ハワイジョンストン環礁に漂着した松永さんの水上バイクも,北太平洋の海ごみネットワークという人の繋がりでできた流れに乗って帰ってきました。帰還のお話はこちら
            ============
            2014年11月15日(土),宮城県名取市閖上「ゆりあげメイプル館」にて「名取シンポジウム〜震災起因洋上漂流物への対応〜」が開催されました。


            (ゆりあげメイプル館)
            このシンポジウムは,JEANが2012年から実施してきた震災起因洋上漂流物への対応について,まとめとなるもので,カナダバンクーバー,ユクルーレット,米国ワシントン州,ハワイ州から,震災起因洋上漂流物の回収に関わってきたNGO等を招待して開催されました。

            (名取シンポジウム)
            シンポジウムの最後には水上バイクの所有者の松永さんも駆けつけ,ハワイのみなさんへのお手紙をミーガンさんに託すことができました。

            (永松さん,ミーガンさん/ハワイ,私)
            最後に私は締めの担当として,この3年間を振り返ることとなりました。
            そこでお話したのは上記のような話。
            最後に「この人と人とのネットワークでできる流れは,普段は目に見えるものではありませんが,必要なときに必要な方向に一気に流れるという特徴をもちます。ただしこの流れが流れるためには,常に人と人が繋がっていることが必要です。この目に見えないつながりが流出地に戻ってくる流れの源です。今後は災害と言うマイナスでのつながりではなく,美しい海をいつまでもというプラスのつながりを私たちはもち続けていかねばなりませんし,またいつかその流れの中でみなさんとお会いできることを希望しています。」というお話で締めくくりました。

            でもこのつながりを維持し続けるってのが結構大変なんですよね。これで震災漂流物に関する取り組みも一段落です。


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