ありがとうを原動力に

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     すっかり神戸の生活にとけ込んだ家族ですが,関西に戻ってきた一番の目的がこんなに早くやって来るとは思ってもみませんでした。

     神戸に帰ってから仕事の間を縫って大阪の年老いた母や叔父・叔母の家の庭木の剪定や買い物に行ってます。やはり90歳を越えると,これまで一人で出来ていたことがだんだん難しくなってきます。同じことが一年後も同じように出来るかと言われると難しくなってくる年代です。これまで90歳を越える兄弟を80歳に近くなった母が面倒みる日々が続いていましたが,それもそろそろ限界のようです。この2年,出来る限り手伝いに行くようにしています。

     職業指導の授業で「ライフキャリア・レインボー」という話をしたことがあります。これはスーパーが提唱した理論で,現在の私はサラリーマンとしての「職業人」,子供たちの「親」,母親に対しての「子ども」,家族に対しての「家庭人」という役割を持つことになります。鹿児島にいた頃には,遠く離れた親のことはあまり考えることがありませんでしたので,「子ども」の役割は低く,その分,週末は気ままに海へ出ていましたので,自分の余暇を楽しむ「余暇人」の割合が大きかったのかもしれません。また「家庭人」を放棄して?ボランティア活動に励んでいましたので「市民」という立場も大きかったに違いありません。

     しかし現在は「職業人」としての拘束が強く,比重が重くなると,「市民」としての役割はほとんどなくなり,母親等の面倒をみる時間が増えて「子ども」の役割が「余暇人」としての役割を吹き飛ばしてしまいました。「職業人」としての役割の重さが「市民」としての役割を吹き飛ばす点が,一般の人が環境や周囲に関心を持たなくする要因の一つであるのではないかと考える日々です。これが環境問題の改善の難しいところなのかもしれません。動きたくても動く時間がありませんし,そこにさくパワーもないというのが今の本音です。

     だからといってもとのたっぷりな「余暇人」に戻りたいという思いはありません。これまでなおざりにしてきた「子ども」としての役割を通じて,「余暇人」と同じ充実感が得られるからです。それは「ありがとう」の言葉です。「職業人」としても,お客様から「ありがとう」と言っていただけることでエネルギーを得ることができますが,実際はそればかりではありません。50歳を前に「余暇人」「市民」というよりも,母親や親戚のお手伝いを通じて再び「子ども」としての役割に比重を割く年代なのかもしれません。

     さて「親」として「ありがとう」にエネルギーがあることを子供たちに伝えることができているか?こちらの役割もしっかりしなければなりません。


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