帰ってくる漂流物

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    1813年,尾張藩の船頭「重吉」らが乗った督乗丸が遠州灘沖で暴風雨に会い遭難。484日の漂流後,カリフォルニア州サンタバーバラ沖でイギリス商船に発見され,ロシア経由で日本に帰ってきた。


    (米国ワシントン州オリムピック海岸 2013年9月震災漂流物調査)
    同じく尾張国知多郡小野浦の水主「音吉」も,1832年遠州灘沖で暴風に会い,14ヶ月の漂流後,北米オリンピック半島フラッタリー岬(米国ワシントン州)に漂着した。アメリカンインディアンに発見された音吉らは,その後イギリス人の手によって帰国へと向かう。音吉らは最終的には生きて日本に戻ることはできなかったが,漂流から173年を経て,その骨は故郷に帰った。


    (伊豆諸島鳥島 2012年8月ハワイ航海)
    また土佐の中浜万次郎も,1841年土佐沖に出漁した際,嵐に遭い,伊豆諸島の鳥島に漂着した。その後,アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と共に救助され,アメリカ本土に渡った。万次郎も1850年に日本に帰ってきた。

    日本から流出したものは,海の流れに乗って北米西海岸や太平洋の島嶼に漂着します。
    一方で,北米西海岸や太平洋島嶼域から日本に戻って来る流れもあります。その流れの一つが北赤道海流です。しかしもう一つこの広い海には流れがあります。それはネットワークで生まれる流れです。上記3例はこの人の繋がりによって帰ってきた漂流民の話ですが,今回,ハワイジョンストン環礁に漂着した松永さんの水上バイクも,北太平洋の海ごみネットワークという人の繋がりでできた流れに乗って帰ってきました。帰還のお話はこちら
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    2014年11月15日(土),宮城県名取市閖上「ゆりあげメイプル館」にて「名取シンポジウム〜震災起因洋上漂流物への対応〜」が開催されました。


    (ゆりあげメイプル館)
    このシンポジウムは,JEANが2012年から実施してきた震災起因洋上漂流物への対応について,まとめとなるもので,カナダバンクーバー,ユクルーレット,米国ワシントン州,ハワイ州から,震災起因洋上漂流物の回収に関わってきたNGO等を招待して開催されました。

    (名取シンポジウム)
    シンポジウムの最後には水上バイクの所有者の松永さんも駆けつけ,ハワイのみなさんへのお手紙をミーガンさんに託すことができました。

    (永松さん,ミーガンさん/ハワイ,私)
    最後に私は締めの担当として,この3年間を振り返ることとなりました。
    そこでお話したのは上記のような話。
    最後に「この人と人とのネットワークでできる流れは,普段は目に見えるものではありませんが,必要なときに必要な方向に一気に流れるという特徴をもちます。ただしこの流れが流れるためには,常に人と人が繋がっていることが必要です。この目に見えないつながりが流出地に戻ってくる流れの源です。今後は災害と言うマイナスでのつながりではなく,美しい海をいつまでもというプラスのつながりを私たちはもち続けていかねばなりませんし,またいつかその流れの中でみなさんとお会いできることを希望しています。」というお話で締めくくりました。

    でもこのつながりを維持し続けるってのが結構大変なんですよね。これで震災漂流物に関する取り組みも一段落です。

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