復活した漂着物ージョンストン環礁から戻ってきたジェットバイク

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    昨年11月,震災で流出しハワイ・ジョンストン環礁からさまざまな人の手を伝って帰ってきたジェットバイク。
    これまでのお話は以下をお読みください。
    帰ってくる“震災起因漂流物”
    帰ってきた”震災起因漂流物”

    さてさてあれから1年が経ちました。本日12月20日YAMAHA発動機でのレストアが完了し,所有者のMさんに返還されました。


    今回の復元はYAMAHAの技術部の総力をかけて,本体からエンジンまで出来る限りの残されたものを使って行われました。


    ただしこのジェットバイク,YAMAHA発動機製TZは,20年以上前に発売されたものだそうで,
    メーカーにも当時の型が残っておらず,中古艇から型を起こし直して本体上部の喪失したパーツを作ったそうです。




    気持ち良さそうに愛艇を乗りこなすMさん。
    個人的には返還に大変お世話になりました福島県立いわき海星高校の校長先生と福島丸の船長とお会いすることができ,忘れかけていた海を思い出しました。
    みなさんまた海でお会いしましょう。

    帰ってくる漂流物

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      1813年,尾張藩の船頭「重吉」らが乗った督乗丸が遠州灘沖で暴風雨に会い遭難。484日の漂流後,カリフォルニア州サンタバーバラ沖でイギリス商船に発見され,ロシア経由で日本に帰ってきた。


      (米国ワシントン州オリムピック海岸 2013年9月震災漂流物調査)
      同じく尾張国知多郡小野浦の水主「音吉」も,1832年遠州灘沖で暴風に会い,14ヶ月の漂流後,北米オリンピック半島フラッタリー岬(米国ワシントン州)に漂着した。アメリカンインディアンに発見された音吉らは,その後イギリス人の手によって帰国へと向かう。音吉らは最終的には生きて日本に戻ることはできなかったが,漂流から173年を経て,その骨は故郷に帰った。


      (伊豆諸島鳥島 2012年8月ハワイ航海)
      また土佐の中浜万次郎も,1841年土佐沖に出漁した際,嵐に遭い,伊豆諸島の鳥島に漂着した。その後,アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と共に救助され,アメリカ本土に渡った。万次郎も1850年に日本に帰ってきた。

      日本から流出したものは,海の流れに乗って北米西海岸や太平洋の島嶼に漂着します。
      一方で,北米西海岸や太平洋島嶼域から日本に戻って来る流れもあります。その流れの一つが北赤道海流です。しかしもう一つこの広い海には流れがあります。それはネットワークで生まれる流れです。上記3例はこの人の繋がりによって帰ってきた漂流民の話ですが,今回,ハワイジョンストン環礁に漂着した松永さんの水上バイクも,北太平洋の海ごみネットワークという人の繋がりでできた流れに乗って帰ってきました。帰還のお話はこちら
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      2014年11月15日(土),宮城県名取市閖上「ゆりあげメイプル館」にて「名取シンポジウム〜震災起因洋上漂流物への対応〜」が開催されました。


      (ゆりあげメイプル館)
      このシンポジウムは,JEANが2012年から実施してきた震災起因洋上漂流物への対応について,まとめとなるもので,カナダバンクーバー,ユクルーレット,米国ワシントン州,ハワイ州から,震災起因洋上漂流物の回収に関わってきたNGO等を招待して開催されました。

      (名取シンポジウム)
      シンポジウムの最後には水上バイクの所有者の松永さんも駆けつけ,ハワイのみなさんへのお手紙をミーガンさんに託すことができました。

      (永松さん,ミーガンさん/ハワイ,私)
      最後に私は締めの担当として,この3年間を振り返ることとなりました。
      そこでお話したのは上記のような話。
      最後に「この人と人とのネットワークでできる流れは,普段は目に見えるものではありませんが,必要なときに必要な方向に一気に流れるという特徴をもちます。ただしこの流れが流れるためには,常に人と人が繋がっていることが必要です。この目に見えないつながりが流出地に戻ってくる流れの源です。今後は災害と言うマイナスでのつながりではなく,美しい海をいつまでもというプラスのつながりを私たちはもち続けていかねばなりませんし,またいつかその流れの中でみなさんとお会いできることを希望しています。」というお話で締めくくりました。

      でもこのつながりを維持し続けるってのが結構大変なんですよね。これで震災漂流物に関する取り組みも一段落です。

      帰ってきた”震災起因漂流物”

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        2014年11月10日,午前10時,台風20号で到着遅れが心配されましたが,予定通り福島県立いわき海星高校実習船「福島丸」が『水上バイク』を載せて母港の小名浜港へ帰ってきました。

        NHK福島放送局より
        津波流出の水上バイク持ち主へ 震災の津波で、福島県大熊町から流され、およそ5000キロ離れたアメリカのハワイで見つかった水上バイクが、10日、3年8か月ぶりに持ち主のもとに戻りました。 水上バイクは、いわき市に避難している福島県大熊町の会社員、松永友宗さん(49)のもので、震災の津波で自宅の倉庫ごと流されましたが、ことし5月、およそ5000キロ離れたハワイの海岸で見つかり、船体の登録番号から、松永さんのものとわかりました。 この話を、ハワイ沖でマグロ漁の実習を行っていた、県立いわき海星高校の練習船の関係者が聞き、協力を申し出て、今回の帰還が実現しました。 10日、いわき市の小名浜港で練習船を出迎えた松永さんは、愛用の水上バイクと3年8か月ぶりに対面しました。 水上バイクは、ハンドルやエンジンカバーなどが大きく壊れましたが、製造メーカーが、再び使えるよう、静岡県の工場に運び、無償で修理をしてくれるということです。 いわき海星高校の澤尻京二校長は、「高校も津波で被災し、いろいろな人の助けで再開できたので、少しでも手助けできればと考えた」と話しました。 持ち主の松永さんは、「震災のつらい記憶より、家族と楽しんだ日々が思い出されました。いろんな方の尽力で、戻ってきて感謝しています」と話していました。 11月10日 19時37分  
        漂流水上バイクが帰還 
        福島、津波でハワイに  東日本大震災の津波で米ハワイ沖の環礁に漂着した福島県大熊町の会社員松永友宗さん(49)所有の水上バイクが10日、同県いわき市の小名浜港に届いた。水上バイクは東京電力福島第1原発から約3キロ、海から数百メートルの場所にある自宅の倉庫にあったが、津波で流失。松永さん一家は無事だったが、自宅と倉庫は全壊した。今年5月、米国の生物研究者が水上バイクを発見し、日本の海洋環境団体を通じて持ち主を特定。ハワイ沖で遠洋航海実習中の福島県立いわき海星高が協力し、船で運んだ。いわき市に避難中の松永さんは10日が誕生日。船を出迎え「親戚の子どもたちを乗せた思い出深いバイク。皆さんの善意が詰まった奇跡に近い贈り物でうれしい」と目を潤ませた。2014.11.10



        いずれも帰ってきたことが主で,帰還までのこの一連のお話について触れたものはありませんでした。

        水上バイクはYAMAHAが修理してくれるとのこと。
        そして11月10日は松永さんの誕生日。
        いやうれしいことって重なるんでしょう。
        もっとニュースになってもいいぐらいの(一人で感動している私),いや映画になってもいいぐらいのお話でした。

        帰ってくる“震災起因漂流物”

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          ジョンストン環礁に漂着していた水上バイク(米国魚類野生生物局提供)

          2014年5月21日,ハワイオアフ島の南西700マイル沖合にある無人島「ジョンストン環礁」の海岸に,一台の水上バイクが漂着しているのが見つかった。発見したのは米国魚類野生生物局の調査員。彼等は年に二度,野鳥調査のため,この島を訪れている。彼等はこの水上バイクが震災起因の漂流物ではないかということで,調査船に載せ,ホノルルに持ち帰った。震災起因漂流物が太平洋の小さな島に漂着することも奇跡であるが,これまで震災起因洋上漂流物に関わってきたすべての人の手を通じて帰還の途についたこの話も,もう一つの奇跡の話である。
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          この話の始まりは2011年9月に遡る。9月23日,愛媛県松山市で行われた「海ごみサミット愛媛会議」で,今後の震災起因漂流漂着物対策について討議された。震災から半年が経ったこの時期,少しずつではあったが,各方面の努力により今後漂着予想される震災起因洋上漂流物についての現状把握が進められていた。しかし北太平洋は広く,把握できる範囲が限られているため,日本近海から離れた漂流物に関しては,十分な情報が得られずにいた。そんなことから対岸(北米大陸西海岸)への大量漂着への対応についても,議論はこれからという状況であった。

          私はこのサミットの2週間前,ハワイでハワイ大学IPRCのマキシメンコ博士と面会した。そのとき彼から,漂流シミュレーションが正しい結果を示しているのか漂着までに確認する必要がある。そのため,洋上での目視調査が必要だとの提案を受けた。私は「できたらいいね」ぐらいの返事をして帰ってきた。帰国後すぐ,教育実習で宮崎県立宮崎海洋高等学校を訪れた際,玄関にある実習船の航跡図をみてひらめいた。水産高校の実習船の航跡と漂流物の航跡が一致する。全国の水産高実習船を使えば,漂流物の目視調査が可能だということを。そこでこのサミットでその実施を提案した。(詳しくはこちら「津波起源漂流がれき洋上目視観測」)その晩,この時のニュースを見ていた愛媛県立宇和島水産高校のT先生から,私たちにお手伝いできることがあれば遠慮なくどうぞというメールが届いた。全国の水産高校の協力を得て,2011年10月から10隻の水産高実習船による目視観測がスタートした。

          その後JEANは,環境省,地球環境基金,笹川平和財団,自己資金などを用いて「東日本大震災に伴う洋上漂流物に係る日米加NGO連携活動」に関する調査事業を実施した。この事業で私は,2013年1月に再びハワイを訪れ,ハワイのNGO,政府関係者,研究者とシンポジウムや現地調査を行った。その際の現地コーディネイターがハワイ州のICCコーディネイター,クリスさんであった。

          クリスさんは,シンポジウム後,ハワイに漂着する震災起因洋上漂流物の情報を私たちに提供してくれていた。彼女は7月23日,米国魚類野生生物局がジョンストン環礁から水上バイクを持ち帰ったことを知り,JEANに所有者を捜すことはできないかと写真を送ってきた。JEANは,日本小型船舶検査機構を通じて写真に写った船体登録番号から所有者が福島県いわき市在住の松永さんであることを突き止めた。9月18日,本人と連絡がとれる。10月1日,JEANはハワイのクリスさんおよび発見者の一人であるリーさん他にこのニュースを知らせた。

          実は10月2日にクリスさんから私に対して,日本の所有者に返還する方法として,水産高実習船を使う提案を受けていた。ちょうどこの時,私たちJEANのメンバーは,バンクーバーでの震災起因洋上漂流物に関するシンポジウムに参加しており,帰国後も私は台風やら瀬戸内海出張等でこのメールを見逃していた。

          10月22日,一連の発見に関するニュースが,福島の新聞に掲載された。現地で撮影された写真の提供の確認のため,掲載がこの時期になったようである。

          2014年10月22日福島民友新聞より
          水上バイクがハワイに漂着 東日本大震災の津波で流出

          「 東日本大震災による津波で大熊町熊川から流された会社員松永友宗さん(48)の水上バイクが、日本から約5000キロ離れたハワイのオアフ島近くにある 無人島・ジョンストン島の海岸に漂着、発見されていたことが21日、関係者への取材で分かった。松永さんは「あきらめていた水上バイクがまさかハワイで見つかるとは」と驚いている。
           松永さんは津波で家が流された。原発事故の影響もあり、現在はいわき市に住む。松永さんによると、5月中旬ごろ、米国魚類野生生物局の隊員らが海鳥の調査中、水上バイクが裏返しで海岸に漂着しているのを発見した。環境保全活動に取り組む東京の団体を通じ、松永さんに発見の知らせが届いた。同団体による と、船体番号から松永さんが所有者と分かったという。
           松永さんは2003(平成15)年に友人からこの水上バイクを譲り受け、黄色に塗装し直して同市の久之浜沖で使用するなど、愛着はひとしおだった。発見時は椅子やハンドルが流され、塗装も剥がれた部分があったが、ほぼ原形のままだったという。
           松永さんは「愛用していた水上バイクが津波にもまれながらも沈まずに流れ着いたことに感動した。わざわざ知らせてくれた人々のつながりにも感謝している」と話している。
           水上バイクが松永さんの元に戻るかは未定という。」
          http://news.goo.ne.jp/article/fminyu/region/fminyu-14792357.html


          偶然,この記事の掲載と同じ日の10月22日,ハワイのクリスさんから私に10月2日に送ったメールの再送が送られてきた。(もちろん私は所有者探しの作業に関わっていなかったので上記新聞記事について後になって知ることになる。)内容はスーパー台風の被害は大丈夫というお見舞いのものであった。大丈夫だよと返事し,その後に続く彼女の提案(水産高実習船を使った日本への輸送)については,ちょっと調べてみるねぐらいに軽く返事をした。

          ただ,よく考えてみると,9月の上旬に出港した水産高校の実習船は,2週間で漁場に到着し,約一ヶ月のマグロ延縄操業実習後,ホノルル港に寄港する。よってカレンダーを見るとちょうど今が各船が入港する時期である。彼女の提案もなかなか的を得たものだった。現在,300トン以上の国際航海をする船舶には,AIS(自動船舶識別装置)の搭載が義務づけられており,ホノルル港周辺の船舶の状況をネット上で確認することができる(ライブ船舶マップ)。AIS情報によると10月22日,ホノルル港には宮崎県立宮崎海洋高校実習船「進洋丸」が停泊していた。進洋丸はこれまで目視調査に協力していただいている実習船であるが,実習船の停泊期間が3−4日であることから,すでに入港済みの船舶は明日にでも出港する可能性がある。そのため進洋丸にお願いするには時間がない。そこでこれからの入港を期待して,だめ元で前述のえひめ丸の指導教員であるT先生にメールした。ライブ船舶マップでは,ハワイから離れた太平洋を航行している船舶を捕捉することはできない。彼等がどこにいるかわからなかったので,返事はほとんど期待していなかった。冬にも航海があることだし,今から冬に向けて準備をすればいいというつもりで。

          そうしたら,翌日10月23日朝,T先生からメールが帰ってきた。えひめ丸は急病人が出たため,先週,日本に戻ったとのこと。その際,福島丸が明日入港するという情報を教えてもらった。何というタイミング。グッドタイミングが二つ重なった。

          そこで翌日の10月24日朝一で福島県立いわき海星高等学校に電話した。澤尻校長先生に発見から所有者の確認,現状についてお話し,福島丸での日本(福島)への輸送について協力をお願いした。3時間前に入港したということなので,福島丸の桑原船長に電話をしていただき,折り返し船長から電話を頂いた。船長からは,校長先生と相談し,輸送についてはお手伝いしたいが,福島丸には水上バイクを積み込むためのクレーンがない。現地で積み込み用のクレーンを調達してほしいとのこと。早速クリスさんにメール。ハワイでは木曜日の夕方である。ここからホノルル−鹿児島の細かなメールのやり取りが始まる。リアルタイムでこのメールを受け取った人は,面白いぐらい話が進んで行くことにびっくりしただろう。当の本人も展開するスピードの速さにびっくりした。クリスさんは知人の代理店を通じて,トラックとクレーンを手配し,出港日の26日昼までに積み込みをする計画であることを船長と協議した。その間,船長は進洋丸を訪れ,これまで水産高校実習船が行ってきた震災起因洋上漂流物調査について話を聞いたようである。こちらは高校側と到着後の積み降ろし作業手段の確認,小名浜税関と通関手続きに関する確認を行った。またJEANは所有者の松永さんと連絡を取り,受取の段取りについて打ち合わせを行った。その間日本では土日を挟んだため,また私が日曜日に高松日帰り出張であったため,ネットが使えずかなりドキドキした。こんなに短い間で準備ができるのか。しかしホノルルではその週末の間に積み込みに向けた調整が進み,日本時間10月27日朝,ホノルルでの積み込みは無事終了した。船長からはこれから出港するとの連絡が来た。
          10月22日のクリスさんのメールから積み込み終了まで6日間,ホノルル,いわき,鹿児島,東京,宇和島と関係者はそれぞれの地にありながら,話は一気にまとまり,そして進んだ。

          現在福島丸は母港小名浜港に向け航行中,11月10日到着予定である。


          ホノルル港での積み込み(福島丸桑原船長提供)

          太平洋の小さな島に一つの漂流物が漂着するのも奇跡だが,これまで震災起因洋上漂流物に関わってきた研究者,日米加のNGO,水産高校と実習船,すべての人の手を経て,あっという間に日本に向かうことになった漂着後の話も奇跡の話である。今回の出来事を通じて,私は太平洋の流れにもう一つ,人のネットワークによる流れがあることを知った。それぞれの点が一気に繋がったこれぞネットワーク活動の神髄という活動となった。以上が福島民友新聞の記事の行間である。

          返還に関わっていただきました多くのみなさま,本当にありがとうございました。福島丸のご安航を祈念しております。

          2014年10月29日 福島民友新聞より
          “帰国”へ絆のリレー 震災でハワイ漂着の「水上バイク」

           東日本大震災による津波で流され、米ハワイ州の無人島・ジョンストン島の海岸で見つかった大熊町の 会社員松永友宗さん(48)=いわき市に避難中=の水上バイクが、ハワイ近海でマグロ漁の実習を行っているいわき海星高の協力で11月に松永さんの元に戻 ることが28日、分かった。米国の発見者や松永さん、仲介した東京の団体などが紡いだ絆を高校生たちが固く結び付ける。
           松永さんの水上バイクは5月中旬ごろ、米国魚類野生生物局の隊員らが発見、船体番号を手掛かりに海洋の保全活動を行う東京の一般社団法人JEANを通じ て松永さんに知らされた。「何とか持ち主の元へ返すことができないか」と発見者たちから返還の相談を受けたJEAN理事の藤枝繁鹿児島大教授は、いわき海 星高の「福島丸」が24日にホノルル港に入港することを知り、同校の沢尻京二校長に運搬を打診した。沢尻校長は、その日のうちに実習船「福島丸」の桑原茂 樹船長に水上バイクを積めるかどうかを相談、可能なことが分かり、運搬を決めた。沢尻校長は「津波で校舎が被災し、これまで多くの人たちに支援を受けてき た。協力できることは協力したいと思っている」と話す。

          http://www.minyu-net.com/news/news/1029/news7.html


          今回の返還の話は,小名浜到着後,第二話が始まる予定である。


          Symposium on Floating Articles and Debris Resulting from the Great East Japanese Earthquake

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            2014年10月1日にカナダ/ブリティッシュコロンビア州/バンクーバーにて“Symposium on Floating Articles and Debris Resulting from the Great East Japanese Earthquake”(一般社団法人JEAN,バンクーバー水族館共催)が開催されました。

            バンクーバーは昨年のバンクーバー島調査に引き続き2回目の訪問です。
            昨年もバンクーバーでは慌ただしく水族館訪問とEnglish BayでのGraet Canadian Coastal Cleanupの参加のみでドタバタと移動しましたが,今年もシンポジウムとミーティングという実質48時間の滞在です。

            今回のシンポジウムは,これまでJEANが環境省からの委託事業や他の基金等で実施してきました震災起因漂流物に関する日米加のNGO連携方策の構築と現状把握事業の総まとめの事業として位置付けられており,漂着地である北米西海岸およびハワイでのこれまでの回収活動に関する情報発信を目的としています。シンポジウムの開催場所は,検討の結果,カナダでの国際海岸クリーンアップ(ICC)である“Graet Canadian Coastal Cleanup”の主催団体であるバンクーバー水族館となりました。

            昨年は一部工事中でしたが,今年は工事も終了し,エントランスが新しくなりました。

            今年は台湾の水族館に続いての水族館訪問ですが,今更ながら私って水族館にあんまり興味がないということに気付きました。

            私が気になるのは展示の方法。これは寄付者のパネルです。
            サーモンに寄付者の名前が記載されています。

            また各展示水槽の上にある説明板もすてきです。こういうタッチのパネルは日本には無いですよね。

            道具箱でしょうか。南京錠を付ける土台の小さな作り込みが凝ってます。

            さて,お決まりのイルカショーはこちらでもやってます。日本ほど芸達者ではないですがね。
            隣のベルーガも少しだけ芸をします。

            さて,水族館についての話はこれぐらいにして本題のシンポジウムです。
            シンポジウムのロジを担当していただいた水族館は,イベント屋さんのような段取りで会場を設営し,発表用のパワーポイントも一本にまとめるなど,日本では見たことが無いぐらいしっかりしたものでした。
            1)パワーポイントを一本にまとめる
            2)Youtubeでの生放送(カメラ2台の編集を含む)
            3)シンポジウム途中の休憩時の軽食提供(こちらでは普通だそうです)
            4)演台周りの処理

            今回のカナダでの開催は,11月の日本国内でのシンポジウムの開催地である宮城県名取市閖上の「ゆりあげ港朝市」の建物がカナダの木材メーカーの寄付により建設されたことによるものです。

            ゆりあげ港朝市協同組合代表理事の櫻井広行さんから,カナダの皆さんに御礼が述べられました。
            私は最後の総括を担当することになりました。

            当日の内容はYoutubeでご覧に頂けます。
            https://www.youtube.com/watch?v=lbaMc1zC5jI
            http://www.vanaqua.org/experience/events/annual-and-upcoming-events/tsunami-symposium
            http://www.vanaqua.org/tsunami-symposium
             

            津波起因漂着調査「カナダBC州・米国WA州編」その6−メッセージボトル−

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               自宅内にもいろいろお宝が眠っているはずです。どうぞということでJohnさんの自宅内に案内いただきました。ハンティングを趣味にしているので鹿の角から熊の毛皮までいろいとあるのですが,自宅内にも言い尽くせないほど沢山の漂着物が展示されています。



               奧の書斎に案内されて,ガラスケースに入っているのはお気に入りの漂着物も見せていただきました。その中にビール瓶が一つ。



               この瓶の中には手紙が入っていたそうです。



               ボトルの中には手紙が3枚,その2枚に以下の内容が記されていました。

              「第七回大泊子供会 「潮流調査」協力へのお願い
               ドードン!ビョヨン!びんの中から現れいでたものは?ざんねん!魔法のびんでも宝島の地図でもありません。でも,がっかりしないで下さい。夢とロマンをいっぱい運ぶ手紙なのです。
               私たち,佐多町大泊子供会が九州本土の最南端佐多岬沖より実施している太平洋の黒潮の流れを調査する漂流びんなのです。
               私たちの大泊校区は,本土最南端の佐多岬があります。大泊小学校五十一名大泊中学校に週五名・計七十六名で大泊校区子供会を組織し活動しています。特に,郷土学習に力を入れてい,六年前よりふるさとの海を知るため,洋上体験学習を実施してきました。その学習の中で,ビールびん百二十本に手紙を入れて,佐多岬沖の黒潮に託す潮流調査に取り組んできています。この六カ年間で八十通の返事をいただいています。
               一昨年は,北は宮城県気仙沼市,南は宮崎県串間市間で全国各地域より十ハ通,また,昨年は台風の影響で,青島から延岡一帯に十九本が漂着し,返事が届きました。潮流の神秘さとすばらしさに子ども会全員が感動し,学習にも役立てることがきました。特に四国四万十川河口の近く,高知県田野浦海岸で漂流びん発見から大泊を訪れ,子供会として交流している平○成泰さん(高知県野田浦在住)との感動的な出会いもありました。四国の日本のやまももは,子供会とともにすくすく育っています。
               子ども会活動の発展的な学習として,女性として世界で初めてヨット太平洋往復に単独で挑戦し,見事に成功した今給黎教子さんを招き交歓会を開くことができました。これは子供会が佐多岬沖で見送り,また帰国に際しては種子島沖まで出迎に出るなどの交流から始まったものです。
               今給黎さんが交流会では話していただいた「アメリカへの旅は,皆さんの流した漂流びんと同じように,黒潮の流れに乗って始まったのです。」「目標を持って厳しく生きよう。」など体験談の一言一言が子供会の一人一人に大きな感動を与えました。
               さて,私たち大泊子供会では,今までの大きな成果をもとに本日(七月十五日)第七回目の潮流調査を実施し,百二十本のびんを黒潮に託します。
               幸いにして,あなたの拾い上げていただいた「びん」は,その中の貴重な一本です。「ふるさとを愛し,ふるさとで学び,心豊かな子供になろう。」を合い言葉に取り組んでいる私たちの活動をご理解いただき,同封のはがきに,一筆お書き添えいただき,お近くのポストへご投函下さるようにお願いいたします。なお潮流調査の結果は,後日報告させていただきます。
               平成二年(一九九〇)七月十五日
               鹿児島県肝属郡佐多町大泊 大泊子供会
              私(上○ 梢)からの手紙
              大どまりにはさたでい号があります。さかなやかいがたくさんとれます。しぜんがあります。ぜひこのびんをみつけたらおてがみください。大どまりにあそびにきてください。
              手紙を書いたのは,大泊小学校3学年上○梢です。
              私の好きなことや家族は→たいいく」




               3枚目の手紙にはヨットウーマンの今給黎教子さんのメッセージとサインも入っていました。

               Johnさんは,1993年(平成5年)5月1日にワシントン州Neah Bayでこのメッセージボトルを拾ったそうです。



               Johnさんも喜んでお手紙を書いて送ったそうですが,残念ながら宛先不明で2度戻って来たとのこと。海流は3年の歳月をかけてメッセージボトルを運びましたが,郵便ではだめだったようです。



               Johnさんに,私の家は同じ鹿児島なので取り次ぎいたしますよとお約束しました。そしたら, 博物館にあるライターをあげると言ってくれました。しかし博物館にこんなにいろんなものがあってライターだけ無いというのもおかしいので,置いて帰りました。次回来る 機会があれば,転記して帰りたいと思います。漂着物学会でアメリカ西海岸ビーチコミングツアーをしなければなりませんね。

              津波起因漂着調査「カナダBC州・米国WA州編」その5−John's Beachcombing Museum−

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                 夕食後,震災漂流物が展示されているということで,Forksの町にあるJohn Andersonさんのビーチコーマミング博物館(John's Beachcombing Museum)に伺いました。トフィーノのPeteさん宅でびっくりしていた私たちですが,いやいやどうして,Peteさんがスケールの大きな作品をつくるならば,Johnさんは桁外れの収集家です。
                 夜の闇に聳えるジョンズタワーは不気味ささえ覚えました。あまりに大きすぎてフラッシュが届きません。



                 家の周りのテラスの下に横たわるガラス玉。これはとんでもないところに来たゾと,アドレスが吹き出てきました。



                 家の中にもとっておきのお宝があるようです。



                 自宅の裏にある大きな倉庫に案内されました。天上にはフロートが並び,バナナフロートが金網の中に,,,





                 バナナフロートのその横にサッカーボールとバレーボールが。



                 サッカーボールは「大槌クラブ」と印刷されたもの。よく米国の報道に使用されているものです。



                 このバレーボールはメッセージが一面に書いてありました。でも流出地の情報はなし。卒業か転職の記念品だと思います。情報をお待ちしています。



                 本吉町(気仙沼市)の住所が書いてあるフロートもありました。



                 このフロートはどこから流れ来たか分かったのそうですが,下の恵比寿さんと大黒さんの木像は「長作」という字が薄く残っているだけで手がかりがありません。



                 博物館の2階に上がってみましょう。



                 その前に,一階には何があるかと言いますと,漂着一升びん。今は仕事をリタイヤし,趣味のビーチコーミングとハンティングに忙しいJohnさんは,オレゴン州からアラスカ州までの海岸を歩いていろんなものを集めています。



                 二階に上がると所狭しといろんなものが保管されています。スパイダーマンはありましたが,残念ながら私が集めているウルトラマンはありませんでした。



                 帽子も集めてみると面白いもんですね。



                 その下にはシューズが山になってます。



                 奧に奧にと入って行くと,



                 バイナリーフトートが床に転がっていたり,



                 ありました,ライター。私が「私はライターのコレクターで7万本ほど集めている」って言ったら急にJohnさんもテンションが上がって,欲しかったらあげるよって言われました。でもね博物館の展示品ですからもらう訳にも行かず,もう夜で明日も時間が無いのでお借りすることもできず。次回来る時はお借りして記録を取りたいと考えています。ここに西海岸のライター300本ぐらいあることがわかっただけでも収穫です。



                 車庫というより倉庫一軒分が博物館で,まだまだ拡張できる余裕があります。

                津波起因漂着調査「カナダBC州・米国WA州編」その4−ワシントン州−

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                   午前中のクリーンアップ中の雨がさらに強さを増し,それに加えて風も出てきました。バンクーバー空港からシアトル空港までのプロペラ機は,エアポケットに入ってそれはそれは映画の一シーンかと思わせるぐらい大きく揺れて,機内は配ったばかりの飲物が飛び散ってでびしょびしょです。



                   翌日シアトルは少し風雨が収まりましたが,西に向かって行くにつれ,だんだんと木々のしなりが大きくなってきます。西海岸のOlympic coastにあるLaPushまでは,9:20にシアトルのホテルを出発し,ダウンタウンからフェリーに乗って対岸のBrainbrige Islandに渡り,そこから4時間車で走っての到着で,5時間半の行程です。遠いです。



                   LaPushは,先住民のクイレット(Quileute)部族の地域で,オートキャンプ場のある小さな漁村です。さすがアメリカ,キャンピングカーのサイズはバスサイズ。それを牽引するフォードやラムもでかいです。でもこれらの車はこっちで見ると大きく感じませんね。プレミアムガソリンよりも軽油が高いアメリカでは,5000ccものでかいガソリンエンジンを積んだ車が沢山走っています。ガソリン代は100円/Lぐらいですので,燃費が悪くてもなんとかなるんでしょうね。

                   さて海岸は,台風並みの大風で波の華が舞うほどの大荒れで,クリーンアップどころではありません。これまでの調査ではずっと天気が良かったことから,今回はこの地域の自然の厳しさを強く感じることができ,高緯度地域での回収の難しさを痛感させられました。後から何とかするのは非常に難しいということです。





                   海岸にはボートよりもはるかに大きな流木が漂着しています。これらは震災漂流物ではありません。ペットボトルや飲料缶等も落ちていましたが,沢山ではなく,破片類はほとんど漂着していませんでした。これよりワシントン州もオレゴン州やカナダBC州と同じように,日本に比べて従来からの漂着物の量が少ない地域だということが伺えます。ただし風の力で流れるものは,この流木のように漂着すると考えねばなりません。

                   今回の旅で私が狙っていた漂着物の一つがこの大砲の弾のような形をした浮きです。下はPETEさんのストックヤードの置かれた色とりどりの浮き。



                   ユクルーレットの漂着物置き場にもあったので,もらえば良かったのですが,やっぱりビーチコーマーとしては自分で拾いたいですよね。これはどんな風に使われているかというと,かご漁具の浮きです。





                   オレンジ色のケースは餌入れです。 



                   せっかく遠い地に来たので,日本では拾えないものを拾ってみたいと思うのですが,残念ながら日本にたくさんあって西海岸までやって来る漂着物もあります。下の写真は広島湾で使われるカキ養殖用パイプです。これはハワイ諸島では沢山見つかりますが,こちらではライターと同じくらい少ないです。でも捜せばやっぱりあります。海岸でプラスチック製品を大量に使用する場合,ほんのわずかな割合の流出でも,総量にかけるとまたそれが何年も続くとかなりな量となります。注意深く使用してほしいものです。



                  THE ROADLESS COAST

                   ワシントン州の海岸のうち北部の半分以上の海岸は,先住民の土地でまた国立公園となっていおり,陸からのアクセスができません。2012年夏,三人のシーカヤッカーがワシントン州西岸の北部の海岸をシーカヤックを使って津波起因漂着物調査を行いました。上記アドレスからその映画がご覧になれます。彼等は現在新たな映画を作成中です。

                  津波起因漂着調査「カナダBC州・米国WA州編」その3−Great Canadian Shoreline Cleanup−

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                     バンクーバー島から一日かけてバンクーバーに戻ってきました。やっぱり大陸は広いです。翌日はダウンタウンのEnglish Bayにて,Great Canadian Shoreline Cleanup (GCSC:カナダでのInternational coastal cleanupの名称)に調査団一堂で参加しました。English Bayは水族館のあるスタンレーパークの西側の海浜公園です。



                     巨大な流木が3列に海岸に並んでいます。ベンチという意味でしょうかね。日本じゃ流れ出たら危ないのですぐに撤去ってことになるのでしょうが。

                     冷たい雨の中,10時から1時間のICCカードを使ったクリーンアップを行いました。GCSCは,バンクーバー水族館が海洋環境教育の一環として事務局を担っています。日本では水族館がクリーンアップをコーディネイトするということを聞いたことがありません。バンクーバー水族館でGCSCの責任者をしているJillさんに話を聞くと,このバンクーバー水族館は,日本でよく見られる公営や三セク,企業が母体となったものではなく,海洋保護団体が設立した水族館で,館内の展示以上に海洋教育プログラムに力を注いでいるとのことでした。はっきりと数字では言えませんが,力の入れ方は半分以上だということです。さらに教育プログラムは,海ごみ問題だけに留まらず,魚食普及の活動までされているとのこと。日本の展示やショーを主体とした施設とは大きく運営方針が違っていることにびっくりしました。ミュージアムの運営には,このような教育を強く押し出す設置形態もありだなあと,またまた個人的な夢を膨らましてしまいました。



                     さてクリーンアップの方は,バンクーバー在住のJAPAN LOVEの皆さんと調査団が3班に分かれて行いました。街中の海岸なので清掃が行き届いているためか,大きなものは落ちていません。またバンクーバーは内湾なので外洋からの漂着物もありません。結果はまだ出ていないのでわからないのですが,私たちのグループでは,タバコの吸殻が最多であったことは間違いありません。カナダやアメリカの喫煙マナーは決して良いとは言えず,街中,公園ともに散乱していました。



                     本来の目的は津波起因漂流物の調査ですが,個人的には漂着ライターを集めること。しかし,カナダに来て一番拾ったものは「タバコのフィルタ―」。これは実に悲しい現実です。
                     今回の調査では,計9本のライターを得ました。私が得たのは,ユクルーレットの漂着物のごみ箱をあさって見つけた4本のみ。これまで4回北米大陸で調査をしていますが,西海岸の漂着ライターは非常に少ないです。

                    Vancouver Aquarium はこちら
                    http://www.vanaqua.org/

                    Great Canadian Shoreline Cleanup(カナダ版ICC)はこちら
                    http://www.shorelinecleanup.ca/

                    津波起因漂着調査「カナダBC州・米国WA州編」その2−漂着物アート−

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                       9/26,この日はまた7時間かけてバンクーバーに戻ります。その前に朝一番,バンクーバー水族館にも展示されている漂着物アート作家のピートさんのご自宅を訪問することになりました。上の写真は漂着物で作ったトーテムポール。水族館の中にも作品はあります。
                       ピートさんのご自宅にも震災起因漂流物があるということで,その確認と併せて漂着物アート作品を見せていただきました。家の裏には作品の素材となる漂着物のストックヤードがあります。単品の漂着物のコレクターというよりは,色や形で興味があるものを集めているとのこと。長期間の漂流による自然な色あせ方や形の変化が,イマジネーションを湧かせるのだそうです。



                       アトリエにもお邪魔しました。ここには細かな素材が色分けされて収納されています。



                       ひとつ一つの漂着物を拾った際にこれはどんな風に使えるかを想像するのが楽しいそうです。漂着物を色という視点で捉えることが無かったので,こんなにいろんな色があるんだとと感心しました。



                       それにしてもピートさん,語りはじめたら止まらない。作品がどのように出来上がるか,とっても熱く説明していただきました。現在はこの春から漂着している日本の柱や梁を使って大きなモニュメントを作ることを考えているようで,完成が楽しみです。



                       これはバンクーバー水族館内に展示してある作品です。形もよく捉えていますが,色も鮮やかで,風化した色合いがいい味を出しています。



                      Pete Clarksonさんのウエッブサイトはこちら。
                      http://peteclarkson.com/


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